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セックスとまぐわいの違い -女神の復活【いやさかの会】

セックスとまぐわいの違い

「食欲」 「性欲」「睡眠欲」が人間の三大欲求(本能)であると長い間言われてきました。
しかし、これらは生物にとって生存や種の保存のために最低限必要な欲求であり、人間に限ったものでははなく他の動物にもあります。

最近では、人間の三大欲求は「食欲」「性欲」「集団欲」であると考えられてきているようです。
私はこの「集団欲」がポイントではないかと思っています。

人間の「集団欲」は、高度な「食」と高度な「性」に転化する

進化

集団欲とは、「人と精神的に関わりたい」「集団の中にいたい」「孤独は嫌だ」という欲求のことです。
群れること自体は他の動物にもありますが、それは主に生存のためのものです。人間の集団欲は、より高いステージに上がるための体験欲求としてあります。

人間には、集団欲を達成するために言語能力があります。言葉を持っているために、同じ目的や思想を持った人たちとグループを作ったり、社会を構成することが容易にできます。
人間には言葉があるために、高度なコミュニケーションをすることが出来ますし、逆に、言葉が原因で対立することもあります。
他人と対立する体験を含めて、人とのコミュニケーション体験を積み重ねていくことで私たちは成長していきます。

人間の集団欲が、食欲や性欲にうまく絡んでくると、他の動物には見られない高度な「食」、高度な「性」になります。
昔から、人間は円卓での「食」を通してのコミュニケーションを大切にしてきました。
そして、人間の「性」もコミュニケーションとして存在し、それは共に奏でるアートに近いものです。動物の「交尾」とは根本的に異なるのです。

人間の高度な「性」は、「いのち」が奏でるアートである

まぐわい

本来、 人間の「性」は魂の高度な体験欲求のひとつであるはずなのに、人間社会が作り出した道徳や倫理といったマインドコントロールによって生殖限定の動物的な「性」に引き下げられてしまっている傾向があります。

※引用: 女性はみんな巫女だった!夏目祭子さんの講演より

現代人は、性の交わりのことを「エッチ」とか「セックス」という言葉で表現します。
国語辞典で引くと、「エッチ」は「hentaiの頭文字。いやらしいこと。」と記述されています。
人間の性の交わりのことを、このようにネガティブな言葉で表現するようになったのは何時からでしょうか? 

また、「sex」という英語の言葉には、「男女の別」という意味があります。すなわち、「セックス」とは男と女は別々のものだという意識を内包する言葉なのです。
愛の無い肉体だけの交わりならば「セックス」と言っても問題ないでしょう。
しかし、「愛」があると融合するのです。互いに心も体も融け合って一身同体になってしまうことが「愛」です。愛の瞬間には「別々」という感覚はありません。
言葉を変えると、愛のある性の交わりは夏目祭子さんの言う「全身全霊のエネルギー交流」になります。これが「まぐわい」なのです。

相手と精神的に深く関わりたいと思う人間の「集団欲」は、「性」の場面においては創造的な「まぐわい」となります。
人間の営みに中で行われる「まぐわい」は、単なる生殖のため、単なる快楽のためだけの関係ではなく、互いを開き、新たな可能性を開いていく関係を育んでいくことです。
それは、高度に進化した生命体の「いのち」が奏でるアートでもあります。

私たちが生きて行く目的

私は以前に、生まれ変わりの研究書である「生きがいの創造」(飯田史彦著)という本を読んだ時に、「人は人間関係を学ぶために生まれてきた」という一節を読んで目から鱗だった記憶があります。
人間関係を体験すること。・・・これが、人が輪廻転生する目的でだったのです。

私たちが生きて行く上で体験する悩み事の多くは、人間関係ではないでしょうか?
親子の問題、家族の問題、男女の問題、仕事の問題、ご近所トラブル、差別やいじめや仲間はずれ・・・、これらはすべて人間関係です。
人は人間関係に悩み、それが原因で体を病んでしまうこともあります。しかし、私たちは輪廻転生の中で様々な人間関係を体験し、人間関係に悩むことによって魂の進歩を遂げていくのです。

そしてカルマとは、輪廻転生の中で自分が自分に課す宿題のようなものです。
例えば、女性の心を散々傷つけてきた男性ならば、次は逆の立場を学ぶことを自分の宿題として、男性に傷つけられる女性というシチュエーションを選んで生まれてくるかもしれません。
その宿題に取り組むための最も良い環境として、私たちは場所や親や出会う人たちという人生のコンテンツを自分で選択して生まれてくるのです。
つまり、輪廻転生とは、様々な違うシチュエーションの中で人間関係を体験することなのです。

イザナギ・イザナミ

では人生の目的とは何でしょうか?
それは、心を育てることでしょう。

「感情」とは、好き嫌いや喜怒哀楽といったものをいいます。
「心」とは、もっと奥行きの深いものであり、創造や発展を生み出すものです。

「心で生きる」と書いて「性」という漢字になります。この字はとてもダイレクトです。
動物のオスとメスが生殖だけの目的で交わるのは「交尾」です。
人間の男性と女性が心を溶け合わせながら交わると「目合ひ」(まぐわい)になります。この言葉には、目と目とを見合わせて心を通わせるという意味があります。

また、特定の異性との関係ではなくても、自分が男性として、あるいは女性として人や社会とどのように関わって生きて行くかということも人生の大切なテーマです。

すなわち、霊性の向上は、その人が人生の中で自分の「性」をいかに深く体験することが出来たかによって成るものだと思います。
したがって、恋人関係や夫婦関係、そして社会を生きて行く中で起こる様々な「性」に関わる体験を、失敗を恐れずに貴重なものと捉えていきたいものです。

(やしろたかひろ)


この世に女子(おなご)と男子(おのこ)が存するは、
各々の違いを認め、一身同体となることによって、あまねくを美化していくがため。
それは互を養い、相手を開き、まことを育んでいくことなのです。
それが、神ながらの道、祈り合い称え合いの、まぐ愛なのです。

(古神道修道士 矢加部 幸彦)



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