たかひろプロフィール

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▼メッセージ
私は幼い時に小児喘息を発症し、呼吸困難の激しい発作と薬の副作用とで、何度も死ぬような思いをしました。
それは大人になっても良くなりませんでした。
そして、30歳の時には重症の潰瘍で吐血し、多量出血で生死の世界を彷徨いました。
この時の命の危機はなんとか回避することができましたが、それからしばらくの間は、薬を手放せない状態となりました。
ところがある時に、私は自己の身体的な問題が一気に解決してしまう体験をしたのです。
1994年1月12日、寒い冬の夜のことでした。
私は意気消沈して、東京の某繁華街を一人で、とぼとぼと歩いておりました。
私の脳裏に、自分はもうだめだ、この人生を諦めようか、という気持ちが、ふと横切った、その瞬間でした。
何か得体の知れない、暖かくて力強い電気エネルギーの固まりのようなものが、私の後頭部の下、首筋のあたりから背骨を通り、腰の方へ向かって“ズドン”と勢いよく入ってきたのです。
その強い衝撃で私は前のめりになり、倒れそうになるほどでした。
その次には、不思議な浮遊感と、歓喜の感情とが私の中にこみ上げてきました。
これが、いわゆる神秘体験といわれるものだったのかは良くわかりませんが、その瞬間から、間違いなく、自己の心の状態に大きな変化が起きたのです。
人も動物も植物も、自分のまわりにあるものすべてが、生き生きと輝いて見えるようになりました。
そしていつの間にか、長い間患っていた二つの慢性的な病気が、自分の中から完全に消えていたのです。
このような体験を経て、私は自分の人生を世の中のために使いたい、という気持ちを強く持つようになりました。

そして、2006年8月29日の明け方のことでした。
私は、このような夢のお告げをいただいたのです。
「出発の時です。目の前に大きな試練が立ちはだかっていますが、それを乗り越えて目標に向かいなさい。
あなたには、スピリチュアルな叡智と、思いがけないサポートが授かるでしょう。自信を持って、進むべく道を進みなさい。」
私が、心と霊性の向上をテーマにした活動を始めようと思いついたのは、この後でした。
この活動の協力者を求めて、様々なセラピストの方々と交渉している段階から、いくつものシンクロニシティが起こっています。
まず、シェルドレイクの場の共鳴理論を紹介した書籍 「なぜそれは起こるのか」、「こうして未来は形成される」等の著作で知られる、我が国のシンクロニシティ研究の第一人者である科学ジャーナリストの ほおじろえいいち さんの参画は、この活動の中にある共時性を予感させるものだったような気がします。
スビリチュアル・カウンセラーの畠山隆信さんをお誘いしたときには、こんなことを言われました。
「今までは宣伝はHPを除いて一切せず、自分を磨くことに専念してきましたが、いよいよ、天界から『さぁ、始めなさい』とのメッセージを受けたと思ったら、貴方様からご連絡をいただきました。」
その後、畠山さんのチャネリングによって、私がこれから始めようとしている活動が、近い将来に起こる地球のアセンション時に、ひとつのお役目を与えられることがわかりました。
そして、畠山さんからこの話を伺ったまさにその日に、すでにアセンションへ向けた活動を精力的に続けられているスカイウォーカー、中山康直さんから「このたびの新規事業に共鳴いたします。今、超シンクロが起きています。」という特別な言葉の表現で、この活動へ参画いただきたい旨の私からの依頼に対して、快諾の返事をいただいたのです。
さらに、シンクロは続きます。
静岡県の熱海に、やはりこの活動に参画していただくことになった牧内泰道さんが主宰されている「熱海断食道場」があるのですが、その施設が富士山のパワースポットと言われる北口富士浅間神社と、伊豆大島のパワースポットと言われる為朝神社とを直線で結んだ、そのど真ん中に位置していることを、ある日私は発見しました。
このことを伊豆大島に拠点を構えておられる中山康直さんに連絡したところ、その日は中山さんが富士神界の道を体現するために、まさに北口富士浅間神社→熱海→為朝神社 と移動しておられる真っ最中だったということがわかったのです。
同時に、夢のお告げにもあった試練も体験させていただいております。
しかしそれも、私にとって、自己成長のための大切な体験であるととらえ、受け入れることができました。
このような一連の過程を振り返って、人生に偶然は無いことを改めて実感いたしました。

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