皇室のパラオ共和国・ペリリュー島訪問が閣議決定される。
皇室のパラオ共和国・ペリリュー島訪問が閣議決定される。
政府は、天皇、皇后両陛下が4月8~9日の日程で、太平洋戦争の激戦地のパラオ共和国を公式訪問されることが23日の閣議で決まったことを発表しました。
両陛下は国外で犠牲になった戦没者に心を寄せてきており、約1万6000人の日本人が犠牲になったパラオでの慰霊を望んでいました。
昨年来日したレメンゲサウ大統領からの招待もあり、今回は慰霊と友好親善が訪問目的となります。
パラオ共和国ペリリュー島(ペリリュー州)のテミー・スムル知事は両陛下の訪問を歓迎しており、「訪問当日は沿道の数百メートルごとにテントを設け、島民あげてパラオと日の丸の旗を振るなどして歓迎したい」と話しています。
パラオは戦前、日本が統治した時期があり、事実上その時からパラオの人々は欧米の植民地支配から解放されました。
その時から、今でもパラオの人々は日本が大好きです。
産経新聞の記者は、このようなコメントを書いています。
『戦前、日本の統治下にあったパラオのある老女は「テルコ」という日本人名も持ち、「日本人になれるものならなりたかった」と言った。』
『パラオには日本以上に日本の心が生きているのではないかー。そんな印象を抱いた。』
『「戦後70年」の連載をパラオから始めたのにはわけがあります。天皇、皇后両陛下がことし、同地を訪問されるのも大きな理由ですが、それだけではありません。絶望的な戦局の中、70年前の日本人が何を考え、どう行動したかを改めて検証する必要があると考えたからです。』
パラオは大の親日国ですが、ことにペリリュー島においては、現地のパラオ人と日本人兵士との心の絆に関する深い逸話があります。
戦前・戦中に生まれたパラオと日本との深い絆
http://www.yaei-sakura.net/index.php?society_h0033
このパラオ・ペリリュー島の戦いが終わってから1年足らずで日本は敗れました。
(やしろたかひろ)